2009年01月13日 19:55
まとめて長く書く、という書き方につい陥ってしまうのだが、こういう形態で書いている上は、短く、少しずつ書く練習もしてみよう。少しずつ、毎日。思考の断片をピンで留めてゆくように。限られた時間の中でデッサンを描くように。
今日は雪が降った。そこで、雪が降ったら書き写そう、と思っていた詩を一つ。
雪の日に
――誠実でありたい。
そんなねがいを
どこから手に入れた。
それは すでに
欺くことでしかないのに。
それが突然わかってしまった雪の
かなしみの上に 新しい雪が ひたひたと
かさなっている。
雪は 一度 世界を包んでしまうと
そのあと 限りなく降りつづけねばならない。
純白をあとからあとからかさねてゆかないと
雪のよごれをかくすことが出来ないのだ。
誠実が 誠実を
どうしたら欺かないでいることが出来るか
それが もはや
誠実の手には負えなくなってしまったかの
ように
雪は今日も降っている。
雪の上に雪が
その上から雪が
たとえようのない重さで
ひたひたと かさねられてゆく。
かさなってゆく。
『現代詩文庫12 吉野弘詩集』より。第一詩集『消息』に収められたもの。
こういう詩には、引用した後で何かを言う気がしない。静けさを破ってしまう、批評という行為の宿命をありありと感じる。それこそ、白い雪を靴跡で汚すように。
最初の連の問いかけが、不思議な強さを持っている。言葉自体は呟きのように単純だが、その奥に、尋常でない熱っぽさがある。刃物が擬されている感じ。自己へ、そして世界への脅迫に近い詰問なのだ。
次に光っているのが、「それが突然わかってしまった雪の」。それから、きれいに言いつくされている第四連。「純白をあとからあとからかさねてゆかないと/雪のよごれをかくすことが出来ないのだ。」ただ、この部分、私は最初に読んだとき勝手な誤読をしていた。「雪のよごれ」という言葉を、「雪についた汚れ」ではなく「雪という汚れ」、つまり雪の白さ自体を世界に記された「よごれ」と捉えているのかと思ったのだ。そして、いい発想だな、と感心していたのだが、あらためて読み直してみると、ここはやはりそうは読めない。雪にしるされた「よごれ」を「純白」がかくしてゆくわけだから。しかしいずれにせよ「雪のよごれ」という言葉はこの行の中で目を引く。何の変哲もない言葉なのだが。
「誠実」という語は、繰り返されているが、最後までどこか浮いている感じがある。別の語でも置き換えられるのではないか、という気もする。一連目の「誠実」は浮いていない。五連目が全体に、説明になってしまったのだ。もちろん、これがあることで詩は一挙にわかりやすくなっているのだが。
「それが突然わかってしまった雪の」という一行では、書き手と「雪」の境が一時的に消えている。だからこれほど光るのだが、次の連ではもう、書き手は「雪」を見る位置に立ち直ってしまっている。こういう詩は、たしかにその位置から書かなければ成功しないだろう。しかし、立ち直らないまま書き続ける方法も、詩の中にはまた、ある。
今日は雪が降った。そこで、雪が降ったら書き写そう、と思っていた詩を一つ。
雪の日に
――誠実でありたい。
そんなねがいを
どこから手に入れた。
それは すでに
欺くことでしかないのに。
それが突然わかってしまった雪の
かなしみの上に 新しい雪が ひたひたと
かさなっている。
雪は 一度 世界を包んでしまうと
そのあと 限りなく降りつづけねばならない。
純白をあとからあとからかさねてゆかないと
雪のよごれをかくすことが出来ないのだ。
誠実が 誠実を
どうしたら欺かないでいることが出来るか
それが もはや
誠実の手には負えなくなってしまったかの
ように
雪は今日も降っている。
雪の上に雪が
その上から雪が
たとえようのない重さで
ひたひたと かさねられてゆく。
かさなってゆく。
『現代詩文庫12 吉野弘詩集』より。第一詩集『消息』に収められたもの。
こういう詩には、引用した後で何かを言う気がしない。静けさを破ってしまう、批評という行為の宿命をありありと感じる。それこそ、白い雪を靴跡で汚すように。
最初の連の問いかけが、不思議な強さを持っている。言葉自体は呟きのように単純だが、その奥に、尋常でない熱っぽさがある。刃物が擬されている感じ。自己へ、そして世界への脅迫に近い詰問なのだ。
次に光っているのが、「それが突然わかってしまった雪の」。それから、きれいに言いつくされている第四連。「純白をあとからあとからかさねてゆかないと/雪のよごれをかくすことが出来ないのだ。」ただ、この部分、私は最初に読んだとき勝手な誤読をしていた。「雪のよごれ」という言葉を、「雪についた汚れ」ではなく「雪という汚れ」、つまり雪の白さ自体を世界に記された「よごれ」と捉えているのかと思ったのだ。そして、いい発想だな、と感心していたのだが、あらためて読み直してみると、ここはやはりそうは読めない。雪にしるされた「よごれ」を「純白」がかくしてゆくわけだから。しかしいずれにせよ「雪のよごれ」という言葉はこの行の中で目を引く。何の変哲もない言葉なのだが。
「誠実」という語は、繰り返されているが、最後までどこか浮いている感じがある。別の語でも置き換えられるのではないか、という気もする。一連目の「誠実」は浮いていない。五連目が全体に、説明になってしまったのだ。もちろん、これがあることで詩は一挙にわかりやすくなっているのだが。
「それが突然わかってしまった雪の」という一行では、書き手と「雪」の境が一時的に消えている。だからこれほど光るのだが、次の連ではもう、書き手は「雪」を見る位置に立ち直ってしまっている。こういう詩は、たしかにその位置から書かなければ成功しないだろう。しかし、立ち直らないまま書き続ける方法も、詩の中にはまた、ある。




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