スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Karel Havlicek

救われる、というなら、私にはたとえばKarel Havlicekの絵。
画像を貼りたいのだけれど、うまくいかないので、abcd(art brut connaissance & diffusion)のサイトのトップページを。
http://www.abcd-artbrut.org/english.html
この中のcollectionsのところで人名検索すれば、2枚だけ、Havlicekの絵が出てくる。
私の持っている図録に載っているのもこの2枚だけ、日本に来て、直接見ることのできたのもこの2枚だけだった。
ネットで探すと他にもいくつか画像が見つかって、似たような感じで面白そうなのだけれど。
いつか、まとまった形で作品を見ることのできる日もあるんだろうか。見たいな。
明るくて穏やかで優しげなものが救ってくれる、とは限らない。Havlicekの絵は私にとってはまぎれもなく美しいし、それに加えて、こういうものを夜中にごそごそ描き溜めながら生きて死んだ変人がいたということ、そしてそれを今、どういうわけか私が見ているということ、そのことに強烈に救われるのだ。もし、救い、という言葉を使うなら。

まあ一方で、もちろん、笑って救われる、ということもあるけれど。
そういう方向で忘れられないのは、やはり、中島らもだな。一時期、アディクション的に買い集めて読んだ。だから今でも、中島らもの文庫本はごそっと一山、私の部屋にある。彼が酒とか咳止めシロップとかに体張ってアディクトしながら生産した文章を、全然体張らずに消費するのがなんだか申し訳ないような気もしながら、笑ってアディクトさせてもらった。
しばらく読み直していなかったのだけれど、最近、また寝る前に読んでみている。また笑える。
本が薬物に思えた経験、といえば、私には中島らも以上のものはない。
 

Comment

 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可

 

Trackback

 
 
http://tsurishinobu.blog92.fc2.com/tb.php/340-9e844707
 

プロフィール

 

岩尾忍

Author:岩尾忍
1980年生れ。
2010年、詩集『箱』(ふらんす堂)。

 

カテゴリ

 
 

検索フォーム

 

 
 
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。