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扇風機が回ってる

この前、投稿梁山泊の「ひどい詩」の回から一篇引いたが、その次のもいいのだ。
タイトルは「物好き」。まず、原文は以下の通り。

扇風機が回ってる 私の周りを回ってる
扇風機が回ってる いつも元気に回ってる
夏のトイレは寂しくて ダッシュで戻ろう
扇風機
扇風機が回ってる いつものように回ってる

扇風機が回ってる 冬でもかまわず回ってる
凍えるような寒い日は 馬鹿な頭もさえまくる
扇風機が回ってる 年中無休で回ってる

扇風機が回ってる 雪でも構わず回ってる
命の危険を感じたら 鍋物つついて扇風機
扇風機が回ってる 死ぬまでずっと回ってる


ナンセンスで、笑える。実は、ともう断る必要もないのかもしれないが、私はこういうの大好き。

コメントの方も見てみると、「ナンセンスっぽいが、この不安感はなんだ? 本来スイッチ一つで操作できるはずの扇風機の、永続した描写がそれを掻き立てるのだろう。《扇風機が回ってる》《~回ってる》の繰り返しが非常に効果的」「酷い詩でなく面白い詩です」「発想の問題で誰もがやらぬことをやることに価値を見出した良作」「迫力がある」となかなか好評。しかし、思わず吹き出しつつ同感したのが、このコメント。

これ何がすごいって、扇風機が私の回りを回ってるんだよね、
前でまわってんじゃなくて、まわりを扇風機がくるくると回ってる、(ように見えたのだ、違ってたらごめん)

シュールだ。


そう。私もそう思った。これ、扇風機が回りながら、さらに私のまわりを回っている、と読めるのだ。その光景が私にはもうどうしようもなくツボで、想像するだけでげらげら笑えてくる。今日の仕事中も、思い出しながら笑いをこらえるのに困った。そのくらい、こういうの好き。

「扇風機が回ってる」以外のアイディアもなかなかのもので、「夏のトイレは寂しくて ダッシュで戻ろう」とか、しっかり意味不明で、いい。
しかし作品としてみると、これでもまだ無駄があるかな、という気はする。もっとシンプルでいい。こういうのは単純化するほど冴えるのだ。
コメントに「タイトルは詩世界を狭く限定してしまっていてつまらない」とあるけれど(それにしても、実に的確なコメントが並んでますね。皆さん、さすがです)、タイトルも、これならやはり「扇風機が回ってる」か、せいぜい「扇風機」だろう。こういう「ワンパターンをゴリ押し」(これもコメントより)は、やるなら徹底的にやらなきゃあ。

で、私の好みで少し変えてみる。

   扇風機が回ってる

扇風機が回ってる いつも元気に回ってる
扇風機が回ってる 私の周りを回ってる
夏のトイレは寂しくて ダッシュで戻ろう
扇風機

扇風機が回ってる 秋でもかまわず回ってる
扇風機が回ってる 冬でもかまわず回ってる
凍えるような寒い日は 馬鹿な頭もさえまくる
扇風機が回ってる 年中無休で回ってる

扇風機が回ってる 雪が降っても回ってる
扇風機が回ってる 死ぬまでずっと回ってる


こんな感じで、個人的に末永く愛誦したい。何度でも言うけれど、こういうの、大好きなんだ。
 

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プロフィール

 

岩尾忍

Author:岩尾忍
1980年生れ。
2010年、詩集『箱』(ふらんす堂)。

 

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