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加藤健次『タタウ』

 金子鉄夫さんの紹介で知った加藤健次、2008年の『タタウ ラングドッグにおける犬舌の説得法について』という副題も含めるとえらく長い名前の詩集をアマゾンの中古で買って読んだ。新品は在庫切れらしい。(といってもこの手の本の場合、著者の自宅に山積みになっている可能性はあるが。)まあそれはいいとして、一読、めちゃくちゃうまい人だな、これは、と。とにかくうまくて、面白い。行分けもあれば散文体もあり、一冊の詩集にしては書き方も多彩だが、その使いこなしが見事。その上で、内容というか、意味で読む部分にもスパイスが効いている感じで面白い。そんなに若い書き手でもないのだろうけれど、感性が老けていないというか。とがったものが字間、行間に見え隠れしていて、しかもうまいので見せつけて凄むわけでもない、そのへんの余裕がにくい。
 と、ごちゃごちゃ説明するより引用すればいいんだけど。どれを引こうか、と迷うくらい、薄い詩集なのにいい作品が多いと思う。私は「短調のスキーマ」という長くて比較的端正な文体の作品が、「好き」というよりは「すげえな」と印象に残った。最初の二段落だけ引いてみよう。

雨を滴らせている木立の向こうにその世界の入口はある。古いマンションのように重たい鉄のドアを開けると金属の壁に囲まれた部屋だ。メッキの精度が高いので壁全体が鏡のように見える。窓も蛍光灯もないのに部屋は明るい。部屋の中央には白いパイプ椅子がひとつ置かれている。わたしはゆっくりと、しかし自然に、人間の動きになるように注意深く歩いている。

椅子に座る。壁を見る。わたしの周囲だけがきれいに映っている。わたし自身はいない。椅子はひっそりと部屋の中央にある。バッハのカンタータが小さな音で流れている。短調だ。冷たくて寂しい世界だなと思いながらよく見ると壁全体が鏡ではなくモニターになっている。(あっ、そうか)だからわたしはそこにいないのだ。言語と行為がちぐはぐだ。幸福は空気感染する。わたしの思考が黙示録風の曲線を描いてフーガしている。



次は、「ハラッパ・デ・ネーロの説得法」全篇。

ゆるぎない心を、この顔にもってきなさい。腐りやすいから傷つきやすいから、クール宅急便にして、この目に心をもってきなさい。あばれている世界をつぶさないように餃子の皮でつつんで、この耳に心をもってきなさい。みなさんの不平や不満、こんなはずじゃなかったとか、もうええかげんにせえ、をぱらぱらとふりかけて、この口に心をもってきなさい、多少のことはかまいませんがいい気になってはいけません。作法にのっとってお盆にのせてそっとやさしく生ものですから、かわかない心を、この心にもってきなさい。


次、「鹿港(ルーカン)」全篇。

(ここからは、ずいぶん遠い?
(うん、かなり。
しかし福建ほどじゃない
背首のトカゲに
ハッカ電視台から信号が送られると
朝がきて
(さりげなく?
かすかに世界は動きはじめる
鹿狩りの
犬が吠えている
たとえそれがどんなにひどい生活であっても
人を好きになることはできる
たとえそれがどんなにひどい生活であっても
(たいしたことじゃない。
(毎日同じことをしている。
案内役は
イラ・フォルモサと名づけられた機械
(どういう意味?
(ウルワシノ島。
長い年月をかけて
ていねいに積みあげてきたレンガに
赤いペンキで書きなぐる
(私ハ、豚デハナイ。
言いたいことも
言いたくないことも
やっと理解できるようになった
と思ったら
(また、停電です。
昼でもまっくらなニホン語を
聞きとることも話すこともできる
(そう、さりげなく、しかし、すみやかに。
アヘンがこの港に集められる
人足たちは
上半身だけ裸になって
ビンローを噛む
手動式で明けていく朝焼けの海が見える
ジャンク舟が泊まっている
塩っぽい風が吹いてきた
(私ハ、豚デハナイ。
以外の
なにものでもない


私が買って、知り合いにも勧めて、アマゾンの中古は今見てみたら残り三冊。早い者勝ちです。
 

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岩尾忍

Author:岩尾忍
1980年生れ。
2010年、詩集『箱』(ふらんす堂)。

 

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