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扇風機が回ってる 2

 少し前に、扇風機が回ってる、と繰り返す詩のことを書いた。笑えるナンセンス詩、としてその時は読んだのだけれど、あれから時々思い出して、まともに隠喩として読んだらこれはちょっと笑えない状況なんじゃないか、という気がしてきた。扇風機が自分の周りを回る。朝から晩まで自分の周りだけを回り続ける。扇風機、つまり体温を奪ってゆくものが、年がら年中、冬になろうが雪が降ろうが、絶対的に自分を中心にして存在し、自分につきまとって離れない・・・これ、きついですよ。真冬の部屋で風を浴び続ける身にしてみれば、シュールだ、なんて面白がっている場合ではない。 「命の危険」を感じるのもうなずける。
 体温を奪われ続ける、と書いたが、私が自分でよく感じるものに、血の抜けてゆく感じ、というのがある。単に、少し調子が悪い、というだけのことなのだけれど、その時の内的な体感を言葉にするとしたら、体のどこかにある栓が一つ抜け、あるいはひびか破れ目がひらいて、そこから延々と血が漏れ出してゆく、という感じだ。血というより精気とでも言えばいいのかもしれないが、しかし、そういう抽象的なものよりも、液体として漏れ出している、と本当に言いたくなる。肋骨の間あたりに横向きに穴があって・・・といったイメージまでごく自然に浮かぶ。実際血圧も下がっていたりするのだろう。そうやって体の中が空虚に、しぼんだ風船のようになってゆき、とにかく手足に力が入らない、ような気がする。
 そういうかなりやりきれない感覚を書いたものかもしれない、とあの詩をあらためて思い出す。そういうやりきれなさ、「凍えるような寒さ」の中で、しかしそのせいか奇妙に、「馬鹿な頭も冴えまくる」ような気のする瞬間があったりする。そんな時に口ずさんだ歌だったかもしれない、あれは。
 と、考えると、作者のことがなんとなく心配になってもくる。あれは無記名だったが、書いた人、無事だろうか。扇風機は死ぬまで回り続けるのだとしても、今のこの時期、少しは暖かく過ごせているだろうか。
 

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プロフィール

 

岩尾忍

Author:岩尾忍
1980年生れ。
2010年、詩集『箱』(ふらんす堂)。

 

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