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無題(益子)

「私」のことを誰も知らない。
植物になった私のことを誰も知らない。
金属になった私のことを誰も知らない。
空気になった私のことを誰も知らない。
階段の二段目に落ちていた写真。



こちらより。

 頭の隅にずっとひっかかっている詩で、おもしろい、と手放しで言いたくはないのだけれど、やはり、気になる。
 手放しでおもしろいと言えないのは、あえて理由を探してみると、中間の三行、「植物」「金属」「空気」の並びが弱いから。もう少し、何か飛躍がほしい。中途半端に意味が通ってしまうのがおもしろくない。植物や金属や空気になれるなら、もっと何にでも「私」はなれるはずなのだ。その自由が使い尽くされていない。
 それに比べて、五行目は見事。この一行の、正確な狙いと思い切った距離のある飛躍はすごい。それまでの四行との間に横たわる空白の広さ。そこに立ち昇る強烈な「不思議さ」の香り。
 ただ、それだけではなく、今私が書きたくなったのは、音の暗合。かすかに、しかし無視できない確かさで、韻がひびいているのだ。shiranaiとshashinの、a-iが私の脳内で共鳴する。kaidanやnidanmeの音も軽くそこにかぶさる。すべて意識して書かれた、というわけでは多分ないだろう。そうではなく、音への無意識的な配慮が、意味の跳躍を支えたのだ、と考えたい。音が連れて行ってくれる、いや、音に連れて行かれる。言葉そのものに、何かを言わされる。そういう経験を、その不安や悦楽も含めて、知っている人は多いだろう。意味を伝えるべき言葉の乱用、つまり詩を書くなんて行為に手を出した愚か者なら。
 

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プロフィール

 

岩尾忍

Author:岩尾忍
1980年生れ。
2010年、詩集『箱』(ふらんす堂)。

 

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