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2012.08.06.2

 昨日書いたこれ、たしかに自分で書いたには書いたのだが、我ながら「あんまり柄でもなくこういうことは言いたくなかったのだけれど・・・」という違和感の残留がすごいので、少々補足。

 まず私自身の経験としては、「ごはんたべて、生きててね」というような呼びかけや眼差しにこそ、その場で相手か自分かを絞め殺したくなるような強烈な不快感をかきたてられてきたことが少なからずあった。
 具体的に言うなら、拒食にのめっている最中の人間に、無神経に「ごはんたべて」と声をかけるのがいかにまずいか、というような話だ。他者による一方的な「生」の強制と管理から逃れようとしているさなかに、「ごはんたべて」「生きてて」の言葉は敵の顔以外の何物でもない。
 それにもちろん、誰に言われるかという問題もある。私が今回の「ごはんたべて/生きててね」を喜んで受け取ることができたのは、要はそういう関係の相手だったからだ。そうではない相手も、またいくらでもいる。

 「ごはんたべて/生きててね」はたしかに強力な言葉なのだが、いつでもどこでも言えばいいというものではない。むき出しのメッセージであるだけに、場合によっては強力な逆効果ももつ。「ね、死にたいよね。いつでも死んでいいよ。誰も困らんし。」などと言われた方が心地良い場合もあるだろう。少なくとも私はあるし、あるどころか、普段は99対1くらいの割で「ごはんたべて」的なメッセージの方が分が悪い。そんなもので簡単に救ったり救われたりできるなら、誰も苦労はないのだ。

 というような当たり前のことを、一応付け足しておく。ちょっと気持ちの悪い書き方をしてしまったので、いい人たちにそっちの方向で本気にされすぎないように。
 

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岩尾忍

Author:岩尾忍
1980年生れ。
2010年、詩集『箱』(ふらんす堂)。

 

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