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2012.11.10

 「人間」が何か価値のあるものの代名詞として使われることに、私は共感はできない。「人間」とその他の生物や無生物の間に線を引き、そこに何か絶対的な違いがあるかのように信じ込もうとする作業にも、興味をもてない。
 「人間として」「人間になる」、そういう言い方がある時代、ある場面で誇りとともに掲げられてきた経緯はわかる。その文脈での必然性と有効性も。しかし、今なおそれは必要だろうか。たとえば、単に事実として考えて、「自由」(とヒトが呼ぶようなもの)を求めてやまないのは、はたして「人間」だけだろうか。あるいは、「人間」とはそういうものとして定義され、条件づけられなければならないのだろうか。
 「自由」について言うなら、捕えられてきた野生の生き物が、まず何よりも籠や檻の中でもがく、すぐに出られなければ、とりあえずその環境で生き延びようとはかる、しかしいかによい餌で飼われていても、いったん逃げ道を見つければ、当然のようにそこから脱れ出てゆく、そういう行動の流れとそれほど違うものとは思えない。ただ、ヒトの場合には、その抽象能力に応じて、物理的な柵や網のような障碍が、抽象的なそれにも拡大されてゆく、というだけのことだ。
 さらに、「意識」のこと。そもそも「人間」であることに価値を見る必要を感じないのだが、まして、「意識」があるゆえに価値がある、とする発想の、考えるとはてしのない奇怪さについて。同じヒトであっても、目の前で話している人物であっても、その人の内的な「意識」のありようというのは、究極的にはわからないはずのものだったのではないか。そんな、本来絶対に知りえないものを根拠に、存在や生命の価値を判断することの奇怪さ。
 で、そこにはやはり、価値づけたり線を引こうとしたりしている「私」の側の責任逃れともいうべき意思が、それこそ本人は意識していないかもしれないが、あるように思える。何の反応もない(と自分には思われる)人の体を世話し続けるのはいやだ、と自分が感じるなら、まずはそう言えばいいのに。私がそう感じるのだ、と。そう表明すれば、そうは感じない人の反論を受けることはあるだろうが、少なくともそこから、自分とは違う感じ方、経験との交流も開かれる。
 私自身について言えば、自分が「××」であるという属性によって、「××として」の誇りで自己を支えたいという発想一般に、今では全く魅力を感じない。それが「人間」という比較的広い属性であっても。
 

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2012.11.25 Sun 13:08

初めてコメントさせて頂きます。
いつも楽しみに拝読させて頂いています。
個人的にはどうも植物の方が地球においては人間よりも高等で(?)有用な生物のような気がします…
人間は基本的に害悪であるということを受け入れなければならないのではないかと思います。
私は「人間になる」という言葉が教育の場で使われる事には
どうもなじめません。最初から子供だって人間ではないか、と。
大人が子供から学ぶべき事も多くあります。
(それも一面的な見方に過ぎませんが…)
人間、意識という言葉の意味合い自体が変化してゆくべきなのかもしれないと思います。
その言葉は果たしてコンセンサスなのだろうか、と。
しかし、特にコンセンサスであるべきだとも思いませんが。

2012.12.08 Sat 22:34Re: タイトルなし

高等か下等か、有用かどうか、という判断も人間がやるかぎり所詮は「人間的」な視点から抜けられませんからね・・・

私は「人間」が好きなわけではないですが、意識とか思考とか選択とか行動とか、そういうものに結びつけられる「自由」の観念とかは、やはり好きなんですよ。価値として骨にしみついている。それは、「ただ生きていればいい」という呼びかけが、「作ってやった環境で文句言わずに管理されていろ」ということの言い換えとして聞こえてくるような、そういう状況がどちらかというと強く原体験としてあるので。「ただ生きていればいい」や「命が何より大切」という類の言説にどうしても乗りきれない構えは常に私の中にあるし、たぶん完全に消えることはない。
が、だからこそ自戒として、上に書いたようなことをずっと考えているんですね。現在ふつうに言われているような意味での「思考」や「行動」をせずに生きている人間を、「人間らしく」生きていない、ということにしてしまうような「人間」の定義づけに加担してはいけない、と。

植物や鉱物のように生きている人間がいてはいけないのか、と割と本気でこのごろ考えます。まあヒトは光合成なんかできないし、寝ていてもエネルギーは消費するんで、そもそも植物や鉱物には及びようがないのですが。
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2012.11.20 04:15
 

プロフィール

 

岩尾忍

Author:岩尾忍
1980年生れ。
2010年、詩集『箱』(ふらんす堂)。

 

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