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2013.03.13

啓蟄も過ぎたらしい、ということでちょっと穴から出てみる。

自分が虫、と考えるのもおもしろいけれど、自分の中に虫がいる、と考えるのもおもしろい。

「ふさぎの虫」とか、「腹の虫」とか。「虫やしない」なんて言葉があることは、最近になって知った。小腹がすいた時にちょっと何か食べること。また、その時の食べ物。関西方言らしい。
腹の中に虫がいて鳴いたりさわいだりする、という発想がすでにおもしろいのだが、その虫に食わせてやるために食う、という発想がもう一段飛んでいておもしろい。そしておもしろいだけではなく、何か、かなり洗練された知恵のようなものを感じる言葉でもある。腹の虫との共生の知恵。棲みつかれている、から、養っている、への解釈の転換。腹の虫がうるさくさわぐなら、何か餌をやって落ち着かせればいい。そして腹の虫に餌をやることは、要するに、自分が何か食うことになるのだ。このあたりの、自己の分裂と再統合の流れ。

自分の中に棲む虫との共生は、でも、そんなにうまくいくことばかりでもないだろう。平和に飼ってやっているつもりでいても、虫たちが活発になりすぎたためにこっちの生命が削られていく、ということももちろんあるだろう。場合によっては食い殺されないとも限らない。しかしかと言って、こういう虫、目に見えて標本にできたり、薬で駆除できたりするわけでもない、ちょっとおもしろい言い回しの中にその頭をのぞかせているような虫は、腹から追い出せばそれでいいのか。あるいは、それを残らず追い出すことなど、そもそもできるのか。

私の中の虫について言うと、虫の元気と私の元気は必ず反比例するとも言えず、比例するとも言えず、なんだかよくわからない。虫は虫で勝手に動いているようで、いくら自分の中にいるとはいえ、管理しつくせる気などしない。しかしそれでも、飼っているうちに扱いに慣れてくることもある。少々うるさくても放っておけるようになることもある。まあそのくらいはないと、生きて暮らすとかやってられない。
 

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岩尾忍

Author:岩尾忍
1980年生れ。
2010年、詩集『箱』(ふらんす堂)。

 

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