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2013.03.14

一口に私といっても、いろいろです。

たとえば、人類なんて早くデータになっちゃって、鉛の球にでも入って(というあたりがどうもイマジネーション貧困だが)砂漠に埋まるなり宇宙空間に浮かぶなりしていたらいいんじゃないか、というようなことを日に三度くらい考えている私もいる。

今ある、個別に物としての体をもつ人間については、その一つ一つをむやみに破壊などすべきではない、とまた別の私は思っている。いや、その私はだいたいこういう言い方をしてもいない。言い直すと、むやみに人を殺すのは、まあ、できればしないほうがいいよね、とそのくらいのことを思っている。もちろんそんなことを私が考えようが考えまいが、人は殺される時は殺されるし、殺す時は殺すのだけれど。

しかし、いつの日か、人がそのような形で存在することをやめたら? 個々に区切られた有限の器を捨てて、その感じ、知り、考えてきたことを形のない情報の群としてまとめ、ただそういうものとして生きはじめるようになったとしたら? つまり、個々の「人」が文字通りにいなくなり、「人類」というそれが、実体なく存在しはじめるとしたら?

というような想像は特に珍しいものでもないのだろうけれど、でも、私にはやけに心惹かれる未来図でもある。まあ人類の滅亡までに、まず行き着けなさそうな未来ではあるけどね。ましてもう生きてしまっている私には、塵ほどのデータの一片としてすら関われそうにない転形の夢ではあるけれど。
 

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岩尾忍

Author:岩尾忍
1980年生れ。
2010年、詩集『箱』(ふらんす堂)。

 

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