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2013.03.17.2

同人誌『ガーネット』69号の詩誌時評で、廿楽順治さんが私の個人誌『鋏と紐』の作品を紹介してくださっていた。限られた紙幅の中でずいぶん字数をついやしてもらっていて、なんだか申し訳ない。ありがとうございます。

で、「改行屋」と名乗るほどの廿楽さんが改行のことについて書かれているのだが、私が四行×四行でぶったぎって書いているものについては、むしろ、改行のしかたなんかあまり考えていなかったなあと思った。考えずにすむように枠を先に用意しておく、という書き方なので。ただ、用意した上で、その枠にきれいに収めようとはしない、ということは多少意識しているかもしれない。形式の区切りと内容の区切りは一致しなくていい。むしろそれがずれる時の独特の面白さというのがあって、私はそこがかなり好きなのだ。これは短歌の句またがりなんかが時として無性に魅力的にみえる、というのと同じ感覚だろう。まあそれも見慣れてしまうと「またか」という感じになってくるのだけど。

枠を置くのは、それさえ埋めればいい、と思えるからでもある。終りが見え、限りが見える。分割線もはじめから入れてある。このくらいの確かさには触れながらでないと、言葉を発するということのあまりの空虚さに、耐えられないような気がすることも多い。
 

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岩尾忍

Author:岩尾忍
1980年生れ。
2010年、詩集『箱』(ふらんす堂)。

 

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